── 入社前は、何をされていましたか?
大阪のガス事業者で、施工管理エンジニアをしていました。タワーマンションや学校、自分が通っていた大学の新校舎まで、ガス設備工事の『現場代理人』として束ねる立場です。常時10現場を抱え、週7日、1日16時間。人の2倍は働いていたと思います。待遇の良い会社で残業もきちんと支払われ、20代から十分な収入を得ていました。
── そこから、なぜ転職を考えたのでしょう?
35歳のとき、10ヶ月の育児休暇を取りました。男性で長期間休む前例は社内になく、子育てをしながら自分を見つめ直す時間になりました。そこで気づいたのが、数年前からずっと『飽和状態』だったということ。10の現場を同時に回すことも、どんなトラブルが起きてどう収まるかも、すべて見えてしまっていました。収入は悪くない。けれど、明日も来年も、おそらく同じ景色が続く。新しく覚えることも、ヒリヒリするような緊張感も、いつの間にか消えていたんです。ちょうどその頃、石山店のオープンを手伝いに呼ばれました。初日の終わり、松村と食事をしながら交わした会話が、転機になりました。
── そこで、どんな話を聞いたのでしょう?
東京で築いてきた実績、創業者・金子真也が描くビジョン、これから目指す世界。松村が語るスケールは、自分がいた世界とは桁が違いました。素直に『とんでもないことをしている』と思いました。
石山駅前店西村が入社のきっかけをつかんだ、オープン手伝いの現場。
── とはいえ、ガス工事から飲食へ。大きな転換だったと思います。決め手は?
松村は、自分にとって『超えたい相手』ではありません。 支えたい、担ぎたい存在なんです。人生で最も助けられた相手であり、 今の自分があるのも松村のおかげ。だからこそ、これからの人生は松村に賭けようと決めました。0か100の100を取りに行くために、すべてを賭けたんです。
これからの人生は、
松村に、全ベットしました
── いま、入社2年。事業開発本部長として何を?
最初の4ヶ月は店舗に立ち、並行してフランチャイズの講習にも通いました。1年をかけて、自分の言葉で事業を語れるようになり、加盟開発へ。今こだわっているのは、ブランド価値を損なわず、自分の培ってきた経験を元に、できるだけ初期費用を抑える方法を検討し、「どてっぱん」に加盟してもらいやすいようにすることです。
── 会社としては、どこを目指しているのでしょう?
2040年に、外食産業で日本一のフードサービス企業になる。これがうまプロの掲げる目標であり、私たちはそこから逆算して日々動いています。
『日本一』というと売上規模の話に聞こえるかもしれませんが、 私が思い描いているのはもっとシンプルです。街で『ど』マークを見かけたら、誰もが『もんじゃ屋だ』とわかる。例えば、マクドナルドさんのMマークが、説明なしでそれと伝わるように。あのレベルまで、ブランドを浸透させたいんです。
そのためには、味もサービスも一切落とさず、店舗を全国へ広げていくしかありません。私が担う加盟開発も、突き詰めればすべてそこに繋がっています。一店舗ずつ、信頼できる形で『どてっぱん』を増やしていく。期限は、あと14年。長いようで、まったく余裕はないと思っています。
2040年、日本一の
フードサービス企業になる
── 最後に。どんな人にうまプロに来てほしいですか?
今の職場や環境で、『本当の自分を出せていない』と感じている人です。その人が本来持つ魅力を引き出せる環境が、どてっぱんにはあります。失敗しても突き進む。失敗を失敗で終わらせず、成功へと繋げていく。そんなカルチャーが根づき、チーム全体で互いを支えています。だからこそ、ありのままの自分で、思い切り成長できるはずです。
本当の自分を、ここでその力を全部引き出したい── 語る西村の表情に、熱がこもる。

